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第六話 塚の怪

Author: 文月 澪
last update Huling Na-update: 2025-12-08 08:48:01

 祖父に真剣の手ほどきを受けていたとはいえ、これほど見事な太刀を手にするのは初めてで手が震える。

 しかも何やら物騒な気配も感じた。

 ごくりと喉を鳴らし、律を見遣る。

 律は笑みを消し、静かに頷いた。

 優斗は意を決して鯉口を切り、そのまま鞘から抜けば鮮やかな波紋の刀身が光を放つ。

 難なく抜き放った優斗に律は目に見えて瞳を輝かせた。

 しかし、当の優斗はその美しさにしばし魂を抜かれたように見惚れてしまう。

「優斗!」

 そこに律の鋭い声が上がり、びくりと肩が揺れる。

「呑まれないで」

 いつもの軽口では無い強い語気。それが事の重大さを表しているかのようだった。しかし、それには微かな切なさも混ざっていて、優斗の心をざわめかせる。

 一瞬思考が逸れたが、真っ直ぐな律の視線を受けて優斗はハッとすると大きく深呼吸をし、はやる鼓動を抑え、鞘をベルトに差すと正眼に構えた。

 それを見て取った律は岩に対峙し、札を構える。

高天原たかまがはら神留坐かむづりま神漏岐かむろぎ神漏美かむろみ命以みこともちて」

 凛と響くのは祝詞だ。

 その声に呼応するかのように大気が震える。

 風が巻き、轟々と唸り、岩から黒い何かが浮かび上がった。

 それは一匹の巨大な百足むかでだ。

 体長はゆうに三メートルを越え、大きな顎には鋭い牙が鈍く光り、無数の脚が蠢いている。

 そのあまりのおぞましさに総毛立つ。

 祖父と来た時はこんな事起こりはしなかった。ただ、祝詞を上げて、札を貼り付ける単調で面白みの欠ける行事だったはずなのに。

 優斗が混乱している最中さなかにも、百足は長い触覚をわさわさと動かしてこちらを窺っている。波打つ脚が気持ち悪い。

 律は祝詞を唱えつつ大太刀を抜刀した。その刀身はぬらりと濡れた光を纏い、長大で厚い刃は断頭台を思わせる。

 つかも合わせれば律の身長と変わらない程の大太刀だ。それをいとも容易たやすく扱っている。生半可な腕前では無いのだろう。

皇親すめみおや神伊邪那岐かむいざなぎ大神おほかみ筑紫つくし日向ひむかたちばな小門おど阿波岐原あわぎはら禊祓ひみそぎはらい給ふたまう時に生坐あれませる祓戸はらえど大神等おおかみたち

 祝詞は止まる事なく紡がれる。

 これは天津あまつ祝詞か。

 罪、けがれを祓う祝詞だ。

 その声に百足は苦しそうにもがいている。

 しかし、律が息継ぎをした、その一瞬を突いて百足が襲いかかってきた。

 鋭い牙が優斗に迫る。

 すんでの所で刀で凌いだ優斗は蹈鞴たたらを踏む。

 いくら祖父にしごかれてきたと言っても、こんな化け物は想定外だ。

 そもそも、こんな化け物がいるなんて聞いていない。

「どういう事だよ!? おい! 律、なんだよコレ!!」

 そんな優斗の怒りにも律は平静を装い、岩に対峙したまま動かなかった。

 祝詞を紡ぐ声は止まっている。

 優斗が喚き散らす間にも、百足の動きは止まらない。なおも獲物を食いちぎろうと旋回して背後に回り込んできた。

 怒りと死に直面して優斗の感覚は研ぎ澄まされ、体は無意識に反応する。

 素早く上体を反転させ上段から斬り込むが、その一撃は牙に遮られ火花が散った。

 優斗は飛び退ると構え直し百足を迎え撃つ。

「ふざけるなよ。こんな訳の分からない事で死んでたまるか! 後できっちり説明してもらうからな!」

 百足は何故か優斗ばかりを狙って来た。棒立ちの律を無視するのだ。

 百足は優斗の動きを封じようと長い体でとぐろを巻く。

 それを察知して素早く下段から斬り上げれば、脚を数本刎ねドス黒い血が吹き出す。

 百足は耳障りな金切り声を轟かせると、一旦距離を取り勢いをつけて正面から向かって来た。

 すれ違いざまに斬りつけるも、それは硬い表皮に弾かれる。

 更に回り込んでくる化け物に向かい、優斗は一気に間合いを詰めて身を屈めると、百足の下に潜り込み柔らかい腹側から胴体を袈裟斬りに断ち切る。

 百足はその一撃で崩れ落ちたが、未だ息があるのかのたうちまわっていた。

 そこに律の祝詞が響き渡る。

諸々禍事もろもろまがごと罪穢つみけがれ祓へ給ひはらいたまえきよ給ふたまうと申す事のよしあまつ神くにつ神八百万神やおよろずのかみ等共たちとも聞食きこしめせとかしこみ畏みももうす」

 高らかに奏上すると札を岩に叩きつけた。

 不思議な事に札はぺたりと貼り付き淡い光を放つ。

 それと共に百足は断末魔の声を上げて消えていった。

 放心し肩で息をする優斗を振り返った律は、しばし無言で見つめる。

 そして満面の笑みを浮かべた。

「優斗やるじゃん! 凄い凄い! 初めてにしては上出来だよ。俺、正直死んじゃうと思ってたんだよね。本部の言う事もたまには当たるんだね〜」

 そんな呑気なセリフを吐く律を優斗は忌々しげに睨んだ。

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